第844回「心に残った絵本」

こころに残った絵本・・・・というと、色々ありすぎて絞れない。

最近はいい絵本がたくさん出ているが、ロングセラーも見逃せない。
3歳の息子も絵本が大好きだ。

当院の患者図書にも、絵本が置いてある。
いつのまにかどこかに消えてしまったものもあるが。

「わすれられないおくりもの」
という絵本もある。

誰かを失うことを、どういう風に受け止めたらいいのか、ヒントになる1冊だ。

それから
「チャーリーブラウン ともだちがおもい病気になったとき」
絵本にあまりないテーマだが、暗くならずかわいらしく、好きだ。

所蔵にはないが、この前古本屋で「悲しいほん」という絵本を読んだ。
誰のものでもない自分のどうしようもない悲しみの処理に困る、一人の男の姿だ。

悲しみという形のないものをすごく表現している。

絵本は不思議と、時々すごい力があると感じる。

しかし、まだ未知の世界が限りなく広い子どもにとって、
また自分で文字が読めない幼児にとって、
絵本は大人とはまた違った、大きな影響を与えるように思う。

なにしろ、絵本の中にはまだ実物を見たこともないものがたくさんある。
大人のように先入観はない。
ストーリーの矛盾も気にしないし、ものすごく簡単に絵本の世界に入り込んでしまう。

子どもはきっと、誰よりも絵本を読む天才なのだろう。

PubMed新デザイン

PubMedのTOPが新しいデザインに変更になった。
最近PubMedで検索していなかったが、検索BOXに文字を入れると検索の候補語まで出してくれるようになっていた。
しかも、検索をすると検索結果の横に「also try」と、関連する検索語候補まで勝手に上げてくれるし、
無料公開論文やレビュー論文などのフィルターごとにヒット件数を表示してくれる。

Advanced search画面では便利機能が1ページにまとめられ、利用者がWEBの中で迷子になることもない。

ここまで親切にしてもらったら、MeSH検索の知識なんかべつになくっても、普通の検索くらいなら誰にだってできてしまうだろう。
つくづく、進化したものだと思う。

医中誌も無料公開して、日本の無料公開論文ももっと増えればよいのに。
学会誌の論文や、学会抄録なんて全部無料にしたほうが、症例報告をより簡単に集めることができて、研究もどんどん進むんじゃないかと思うのだが・・・。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

患者の不満

普段から受診しなれていない病院、とくに総合病院を受診すると、そのシステムに「え?」と思うことはある。
大きな病院ほど、サービスもシステムも充実していると思ってきている場合はなおさらである。

一般の診療所は、比較的患者の居心地とか、不安や苦痛、心理的な側面に配慮された工夫がたくさん凝らされている。
開業医とならば、診療所は自分の城であるから、自由に工夫もできるし、患者さんの喜ぶ顔もまた近い。
医師も、自分次第でいいクリニックを作れるし、受診患者の数で成果が見えるから、やりがいもあるだろう。

一方総合病院では、診療所では受けられない高度な治療や検査を受けられたり、複数の科で診て貰えるメリットがある。
ただ医師のほうからすると、初診の患者が紹介状をもって、不安な面持ちでやってくる。
患者は、診療所から紹介状が出るなんて、大事になってしまったと思っているかもしれないが、
総合病院ではもっと重病の患者や予後が懸念される患者は山ほどいたりするので、感じ方が違う。

また、特に大学病院では多いと思うが、研修医が診察に立ち会ったりするのは医師からすれば当たり前だが、
患者からすれば、決して気持ちのいいものではない。

総合病院を初めて受診して、待ち時間から診察・会計まで、全てに満足して帰ることができた人は少ないのではと思う。
ある程度慣れてくると、そういうものだと思うことができるかもしれないが、
だからといってそうした不満を持つ人に「慣れてください」というのも乱暴であるから、病院側もちょっとは配慮する義務がある。

病院を受診して思うのが、人は事前に了解を取る言葉があるかどうかで、感じ方が全く違う、ということだ。
「2時間ほどお待ちいただきますがよろしいですか」とか「研修医が立ち会いますがよろしいですか」とか
「この処置は人によって激痛に感じる場合があります」とか。

以前、何気なく「処置をしますね〜」と処置室に入って、気が遠くなるほど痛い思いをしたことがある。
痛い処置があるなんて、これっぽっちも予測していなかったのだ。先に言っておいてくれ!と思った。

もっとも、医療者側にとっては日常茶飯事の出来事で、こんなことでいちいち断わっていられない、と感じるかもしれない。
また、どの患者がどの出来事に対してどう思うかというのも、必ずしも予測が付くわけではない。

しかし、普通の人間ならおそらく不快に思うだろうことには、事前に一言述べておいたほうが無難だとおもう。
特に研修医の立会いについては、もう少し配慮があってもいい。
患者は病気ということで、心身ともにデリケートな部分を露出しているということを、医療者側も忘れてはいけない。


診察中に不快な対応を感じると、患者は医師の人格さえも疑ってしまう。
医師の説明の仕方が悪いとか、態度が悪いとか、言葉に傷ついたとか、医師が思ってもいなかったことに苦情が出ることがあるかもしれない。
ただ、医師は診断と治療が主な仕事であり、もちろんそれを重点的にやっていただきたいし、そうなるとそこまで気が回らない、ということもあるだろう。
ならば看護師や事務員、検査技師などのコメディカルが、色んな方面からフォローをすべきだろう。
きちんとしたフォローがされれば、ちょっとした不快も、全体としては気にならなくなるものである。
そして医師は、患者の心理的側面に配慮しきれない部分を、他のスタッフがフォローしてくれていることを忘れないことである。

毎日毎日違う患者を見ていて、その患者一人ひとりに神経を研ぎ澄まし接するのは困難であるが、
毎日顔を合わせるスタッフに感謝の意を持つことは難しいことではないはずだ。

また、日常茶飯事となってしまっていることにこそ、マニュアルを作成する必要もあるだろう。
100人の患者がいて、何のマニュアルもなしに100人の患者に合わせて対処をするのは難しい。
さっきも言ったが、事前に断りがあるだけでも印象がだいぶ違う。
個々のスタッフが注意していても、100人のうち1人に言い忘れ、その1人が大きくクレームを出さないとも限らない。
だから、決まったタイミングで決まったフレーズで伝えるよう、マニュアルがあるほうが、かえって楽な場合もあるだろう。

なんにせよ、こうした問題は、一つ一つの事例を拾い上げ、病院の問題として考えていくシステムがあるだけでも、
かなり改善されるのではと思うのだが、なかなかそういう余裕はないらしい。
リスクマネジメントなど、病院に重大な影響を及ぼす可能性のあるものに関しては、委員会が設立されたり、担当者がいたりするかもしれないが、
患者の潜在的な不満に対し、積極的に向き合っていこうとする専門の部署は、どの病院にもあるわけではないだろう。

結果、患者に慣れてもらうほうが早かったりするのかもしれない・・・。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

医師の苦悩

以前、何かのアンケート結果が公表されていて、
「週に数回自殺を考える」という医師が、以外にも多いという結果が出ていた。

アンケートに協力した医師にそういう傾向が高かったせいもあるかもしれないが、
医師の労働状況は、やはり過酷なようだ。

お医者さんというとエリートのお坊ちゃんで、お金持ちの印象がある。
実際ある程度の経済力のある家庭に育った人が多いとは思うが、
病院の勤務医は、勤務内容や勤務時間に換算すると決して割りのいい仕事ではないと思う。

医師という職業は、やはり他とは違う、特別なものだ。
なんたって患者さんの命や生活を扱ったり管理したりする仕事だから、
考えてみれば恐ろしく緊張感のある仕事だ。

そのうえ、患者は人生の一大事に瀕していて、通常の精神状態ではないこともある。
そんな患者の気持ちを推し量ることまで望まれる、なんとも厳しい職業だ。

自分が医師になったら、というのは全く想像がつかない。

健康な人は、自分が重い病気になるとか、自分の身にとんでもない災難が降りかかる可能性を、普段は意識しない。
明日も明後日も、1年後も5年後も10年後も、今の自分のまま年を重ねていくことを想像している。

麻痺で身体が動かない人や重病者を抱える人は、別の世界の人のように感じてしまっている。

医師や看護師など、普段から毎日患者さんと接している職業の人、
特に病気の告知などに立ち会うことの多い人立場の人は、突然降りかかる災難について、どう感じているのだろう。

健康を奪われた患者さんを、元気にしてあげられなかった、
自分のミスが患者さんに害を及ぼすかもしれない、
そういう場面を日々経験することを考えると恐ろしい。

自分や、自分の家族が突然病気になったことを想像し、健康な未来を想像できなくったりしないのだろうか。
特に、休日が少なく毎日のほとんどを仕事に費やしているような医師では・・・。

元気になっていく患者さんや明るさを取り戻した家族を見るのは、医師としても幸せだろう。
良い医師は、医師としての仕事に幸せを感じられる人間でなければ、難しいのかもしれない。

そういう医師は、苦悩も同時に感じているはずだと思う。

患者に医師は救えないのだろうか。
医療者が患者にできること、患者の権利は最近沢山述べられているが、
患者が医療者側にできることは、大人しく聞き分けの良い患者になるだけなのだろうか。

患者が、医師の仕事のやりがいを支援することはできないのだろうか。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

摂食障害について

2009年7月27日発行のの「医学界新聞」に、「摂食障害・治療のガイドライン」作成の主任研究者である切池信夫氏のインタビューが掲載されていた。

どうも摂食障害は、患者が増加している一方で、誤解や偏見から専門医が少なく、人手不足なのだという。

切池氏によると、摂食障害は「心と身体と社会が複雑に絡まって発症する」病気であり、「脳と行動とこころの3つの関係を明らかにできる病気」なのだという。

実は、私は10年以上前になるが摂食障害になったことがある。
明らかな症状があったのは2年程度で、その後再発はしていない。

その頃は、摂食障害という病気に関しても今ほど認知度はなかった。
そのころはうつ病にも偏見があったくらいだから、摂食障害は単に性格やこころだけの問題と捉えられていたように思う。

切池氏は「同じ文化、心理的状況下にあっても摂食障害がすべての人に発症するわけではありません。発症には何らかの生物的要因があるはず」と述べ、遺伝子学的要因や脳の神経回路による要因を探る研究もされているという。

私が自助グループで出会った少女が、こんなことを言っていた。
「本当に精神障害者になってしまったほうが楽なんじゃないかと思うことがある」
摂食障害者は「障害者」とはみなされていない。これが、明らかに遺伝的要因や脳に物理的な要因があったとわかれば、患者にとっては救いになると思う。

自分が普通になれないのには、ちゃんと理由があったんだ。自分のこころが弱いからではないのだ。そう思える。
「理由が分からない不調」ほど人を苛立たせるものはない。

自助グループの集いにも参加したときを振り返る。
摂食障害の患者は一見個性的に見えるが、思考の方向性や話し方、自己評価の低さ、過去への拘り方など、驚くほど似ている。

これは、こうした考え方を持つ人が摂食障害になりやすいのだと思われるかもしれないが、私はこれが「摂食障害という病気」の正体だと思う。

人は落ち込んだとき、ショックを受けたとき、普段は考えないような思考回路になる。
「前向きに考えよう!」と頭では思ってもどうしても後ろ向きの発想しか出ない。こういうことは普通の人にもあるだろう。

摂食障害者は「食べようと思っても食べられない」「食べだしたら止まらない」行動にはまってしまうのと同時に
極度に「自分を好きになれない」「自信が持てない」「他人が気になる」というのもまた、どんなに自分で前向きに楽観的に考えようとしてもできない思考回路にはまってしまっているといえる。

摂食障害は、こころと身体と脳の連動を顕著に示す病気のひとつだ。
この3つの関連を研究することは、摂食障害に限らず、全ての病気に共通して有用である。

是非、摂食障害を通して「身体とこころの密接な関係」を証明してほしい。
それが風邪からがんまで、あらゆる病気の治療へと活かされるようになればよいと思う。

テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

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